学校日記

1月14日(水)自分と相手の課題を分けて考える(いじめ防止、課題の分離)

公開日
2026/01/14
更新日
2026/01/14

学校長より

★給食ワゴンのエレベーターは復旧いたしました。必要ならボランティアにとお心づもりくださっていた皆様、ありがとうございました。本日のボランティア依頼はありません。


先週来、ネットへの書き込み等から明るみに出る学校でのいじめ問題や生徒から教師への暴力等の問題、また、これら問題への対応のあり方等についての報道が複数なされています。今回は、いじめや暴力をする側の「言い訳」が全く成り立たないことについての考察を書いてみました。


「いじめられた子にはいじめられる原因があると思うか」という問いに、お子さんはどう答えるでしょうか。また、保護者の方はどう答えますか。

この問いに対して、学校で繰り返し指導している価値観は「いじめられる原因はない」というものです。上の問いに対して「原因がある」と答える子がいる間は、いじめはゼロにはなりません。


AさんがBさんとCさんの2人にとって嫌なことを繰り返したとします。Bさん、Cさんが苦痛を感じたら、これは「AさんからBさん、Cさんへのいじめ」です。

では、Bさんが苦痛とまでは感じずに、または苦痛を感じたとしてAさんに嫌なことを仕返して、結果Aさんが苦痛を感じたとしたらどうでしょう。学校の考え方は、これも「BさんからAさんに対するいじめ」となり、AさんとBさんの間では、双方がいじめ、いじめられてたものと捉えます。


Bさんが嫌だと感じることをしたこと、これはAさんの課題であり、改善が求められます。

このAさんの課題に対して仕返しをしてしまったことは、Bさんの課題なのです。Bさんは、Aさんの課題(特性)に引っかかってしまうという課題(特性)があるのです。

なぜなら、CさんはAさんに対して仕返しをしていないのです。


人には誰しも、何かしらの改善点、課題、特性があるものと思います。しかしそれは、他の人がいじめてよい理由には絶対になりません。

相手の課題と自分の課題を完全に分けて考えられるようにならないと、いじめはなくならないのです。

保護者の方には、お子さんがいじめをしない(=人権を尊重できる)強い子になれるように、学校と同じ考えをもってお子さんに接してほしいと思います。


学校社会で使われることの多い「いじめ」や「体罰」、また、「対教職員暴力」という言葉は、「暴行」「虐待」と同義であり、刑事事件になり得る問題です。山田小学校では、今後も「いじめ(体罰)は絶対に許さない」というゆるぎない信念を共有して教育活動を行ってまいります。


★加害側の嫉妬という事例等もありますので、被害側に必ず改善点、課題、特性等があると言っているわけではありません。

★添付写真の中でも、課題の分離に基づいた児童への指導、支援のアプローチ、考え方について触れています。