創立80周年記念企画② 学校の基盤が築かれた時代 ― 昭和29年4月~昭和33年3月 ―
- 公開日
- 2026/09/20
- 更新日
- 2026/09/11
周年行事事業
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恩方中学校の沿革
昭和29年5月15日
全校放送設備を設置し、放送教育を開始。昭和29年5月20日
EMOSDⅠ型電子機器を教育機器として導入。昭和30年4月1日
町村合併により、校名を八王子市立恩方中学校と改称。昭和30年4月30日
校舎増築工事が完成。昭和30年10月1日
第2代校長から第3代校長へ引き継がれる。昭和31年4月18日
道徳教育研究を継続し、研究活動を進める。昭和32年4月1日
第3代校長から第4代校長へ引き継がれる。昭和32年6月17日
校舎増築が完成。昭和32年11月30日
校歌および校旗を制定し、創立10周年記念式典を挙行。昭和33年3月1日
NHKから放送教育研究を委嘱される。
「恩方村立」から「八王子市立」へ ― 学校のかたちが整った10年
昭和29年(1954年)を迎えた恩方中学校は、創立から7年。小学校の校舎を借りて出発した学校は、現在地に校舎を構え、次の時代へと歩み始めていました。この時期の沿革をたどると、現在につながる「恩方中学校のかたち」が急速に整っていったことが分かります。
昭和29年には全校放送設備が設置され、放送教育が始まります。さらに電子機器も教育に取り入れられました。テレビ放送が始まったばかりの時代に、恩方中学校では早くも新しいメディアや機器を教育に生かそうとしていたのです。現在、本校がICTを活用した授業づくりを進めていることを考えると、非常に興味深い歴史です。
そして昭和30年(1955年)、学校に大きな転換点が訪れます。全国では「昭和の大合併」が進められ、恩方村も八王子市へ編入されました。それに伴い、学校名も「東京都恩方村立恩方中学校」から「八王子市立恩方中学校」へ。現在まで続く校名が、ここで誕生します。
当時の日本は戦後復興から高度経済成長へ向かう入口にありました。昭和31年には経済白書に「もはや戦後ではない」という言葉が登場します。電気冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビが「三種の神器」と呼ばれ、人々が新しい豊かさに憧れ始めた時代でした。一方、恩方地域には豊かな自然と農村の風景が広がり、現在とはまったく異なる環境の中を生徒たちは毎日学校へ通っていました。
学校そのものも成長を続けます。生徒を迎えるため校舎が増築され、教育環境が少しずつ充実していきました。同時に恩方中学校は、単に施設を整えるだけでなく、「どのような教育を行う学校なのか」という研究にも力を注いでいきます。道徳教育や放送教育の研究を進め、昭和33年にはNHKから放送教育研究の委嘱を受けました。創立間もない学校が、新しい教育方法を積極的に取り入れていたことがうかがえます。
そして昭和32年(1957年)、恩方中学校は創立10周年を迎えます。11月30日には校歌と校旗が制定され、創立10周年記念式典が行われました。戦後の混乱の中、借りた教室から始まった学校に、校舎ができ、校名が定まり、そして校歌と校旗が生まれる――。開校から10年間をかけて、恩方中学校はようやく一つの学校としての姿を完成させていったのです。
昭和22年の創立から10年。日本が焼け跡から立ち上がり、新しい社会をつくろうとしていた時代に、恩方中学校もまた地域とともに成長しました。そしてこの時代に培われた、新しい教育を恐れず取り入れ、よりよい学びを追求する姿勢は、80年近い時を越えた現在の恩方中学校にもつながっています。
地域とともに、80年。光り続ける恩方へ。