学校日記

創立80周年記念企画① 恩方中学校、はじまりの時代 ― 昭和22年~昭和29年3月 ―

公開日
2026/09/13
更新日
2026/09/11

周年行事事業

恩方中学校の沿革

  • 昭和22年4月1日
     学校教育法により、東京都恩方村立恩方中学校として認可。

  • 昭和22年4月19日
     八王子市恩方第一小学校長が校長事務取扱となる。

  • 昭和22年5月5日
     本校を恩方第一小学校に併設。分校を恩方第二小学校に併設し、授業を開始。

  • 昭和25年8月6日
     現在地に新校舎が落成。

  • 昭和27年10月1日
     初代校長から第2代校長へ引き継がれる。

  • 昭和28年7月30日
     三教室を増築。校庭拡張整備記念として、図書館用図書の寄付を受ける。

  • 昭和29年3月まで
     新制中学校として教育環境を整えながら、恩方地域に根差した学校づくりを進める。


焼け跡から始まった「新しい中学校」

 昭和22年(1947年)。恩方中学校の歴史は、戦争が終わってわずか2年という時代に始まりました。日本各地にはまだ戦争の傷跡が残り、食料も衣服も学用品も十分ではありませんでした。しかし同時に、日本が大きく生まれ変わろうとしていた時代でもあります。


 この年、日本国憲法が施行され、教育基本法・学校教育法のもとで新しい学校制度がスタートしました。それまでの教育制度が大きく改められ、現在につながる「六・三・三制」が始まります。その新制中学校の誕生と同じ昭和22年4月、恩方中学校も「東京都恩方村立恩方中学校」として産声を上げました。


 とはいえ、開校したときから現在のような校舎があったわけではありません。5月から本校を恩方第一小学校、分校を恩方第二小学校に置き、校舎を借りながら授業を始めました。教室も教材も十分ではなかった時代です。それでも「地域の子どもたちに新しい時代の教育を」という願いのもと、先生、保護者、地域の人々が学校を支えました。


 当時の中学生が見ていた日本の風景も、現在とはまったく違います。家庭にテレビはなく、スマートフォンはもちろん、電話さえ一般家庭には十分普及していません。道路の舗装も進んでおらず、東京の郊外には田畑や山林が広がっていました。恩方の子どもたちも、家の仕事を手伝いながら学校へ通ったことでしょう。


 やがて日本社会は少しずつ復興へ向かいます。昭和25年には朝鮮戦争が始まり、特需を背景に経済が動き始めました。そして恩方中学校にとっても、この年は大きな転換点となります。8月6日、現在地に待望の新校舎が完成。 小学校の校舎を借りて始まった恩方中学校が、ようやく自分たちの学び舎をもつことになりました。


 昭和26年にはサンフランシスコ平和条約が調印され、翌27年、日本は主権を回復します。戦後から「復興の時代」へと社会が動く中、恩方中学校も成長していきました。昭和28年には三教室を増築。学校をよりよくしようと、図書館用の図書が寄せられたことも沿革には記されています。そこからは、学校を地域みんなで支えようとする当時の人々の思いが伝わってきます。


 同じ昭和28年には、日本でテレビの本放送が始まりました。街頭テレビに人々が集まり、新しい時代の到来に胸を躍らせた時代です。日本が戦後の混乱から未来へ向かって歩き始めたその時間と、恩方中学校の最初の歩みは重なっています。


 校舎がないところから始まった学校。地域の人々に支えられ、一つずつ教室を増やし、学びの場をつくっていった学校。


 創立80周年を迎える今、昭和22年の原点を振り返ることは、単に昔を懐かしむことではありません。そこには、時代がどれほど変わっても受け継いでいきたい、「恩方の子どもたちを、恩方の地域とともに育てる」という学校の原点があります。


地域とともに、80年。光り続ける恩方へ。