教師は、教室で育っていく ― 荒関花怜教諭(英語科) 若手育成研修3年次、最後の研究授業 ―
- 公開日
- 2026/09/04
- 更新日
- 2026/09/03
今日の出来事
教室の前に立つ、一人の教師。
その視線の先には、生徒たちがいる。
昨日、本校の荒関花怜教諭(英語科)による若手教員育成研修3年次の研究授業が行われました。3年間にわたって続いてきた研修。その節目となる、最後の研究授業です。
教師になって3年。振り返れば、決して短い時間ではありません。
初めて教壇に立った日から、毎日のように授業は続きます。同じ50分間でも、一つとして同じ授業はありません。一生懸命説明しても、思うように伝わらないことがある。準備した問いかけに、期待した反応が返ってこないこともある。一方で、何気なく投げかけた一言から生徒の表情が変わり、教室に新しい学びが生まれる瞬間もあります。
英語は、言葉を学ぶ教科です。しかし、その先にあるのは、英語を使って誰かの思いや考えを知り、自分の思いを相手に伝えることです。
「どうすれば、生徒が英語をもっと身近に感じられるのか」
「どうすれば、自分から英語を使ってみようと思えるのか」
荒関教諭もまた、目の前の生徒たちと向き合いながら、その答えを探し続けてきました。
授業をつくり、実践し、生徒の反応を見つめ、振り返る。そして、また次の授業をつくる。若手教員育成研修の3年間は、その地道な繰り返しでもあります。先輩教員から助言を受け、時には思い描いたようにいかなかった授業とも向き合いながら、一歩ずつ教師としての力を積み重ねてきました。
そして迎えた、3年次最後の研究授業。
教室には授業を指導を担当する八王子市研究主事、参観教職員の姿がありました。しかし、荒関教諭が見つめていたのは、いつもと変わらず、目の前にいる生徒たちでした。
英語に耳を傾ける生徒。教材を見つめる生徒。自分の考えを表現しようとする生徒。
その一人一人の様子を確かめながら、授業は進んでいきます。
研究授業だから特別な授業をするのではありません。大切なのは、「今日の授業で、この生徒たちに何を残すことができるのか」。その問いに真摯に向き合うことです。昨日の教室には、荒関教諭が3年間積み重ねてきた時間が確かにありました。
けれど、教師に「完成」はありません。
3年次研修の終了は、教師としての学びの終わりではなく、むしろ新たな始まりです。経験を重ねるほど、教育の難しさを知り、生徒一人一人の違いを知り、授業の奥深さを知っていきます。
そして、教師を最も成長させてくれる存在は、毎日教室で出会う生徒たちなのかもしれません。
うまくいった授業も、悩んだ授業も、生徒の笑顔も、思いが届かなかった経験も。そのすべてが教師の中に残り、次の授業をつくる力になっていきます。
昨日、一つの研修が節目を迎えました。
しかし、荒関花怜教諭の教師としての物語は、まだ始まったばかりです。
生徒の成長を願う教師自身もまた、生徒とともに成長していく。
迷い、考え、工夫し、それでも次の日には、また生徒の前に立つ。その積み重ねこそが、教師という仕事なのだと思います。
3年間の学びを胸に、また次の授業へ。
今日も教室では、荒関教諭と生徒たちの新しい50分が始まります。