学校日記

5月15日(金)「平等≦公平≦公正」なイメージ(合理的配慮、ユニバーサルデザイン、特別支援教育理解)

公開日
2026/05/15
更新日
2026/05/15

学校長より

平等(みんな同じ)に扱うことは、本当に正しいのでしょうか。

子どもたちにとって分かりやすく、私たち大人にとっても納得しやすい考え方ですが、実際の生活の中では「同じにすること」だけではうまくいかない場面も少なくありません。


「平等」という言葉に似たニュアンスで、「公平」、「公正」という言葉があります。これらの意味合いの違いを、学校教育の今日的課題である「合理的配慮」、「ユニバーサルデザイン」とも関連づけて整理いたします。

SNS等でよく用いられる「リンゴの木から実を採る」例え話で考えると、理解しやすそうです。


まず「平等」とは、「みんなに同じものを配る」ことです。例えば、身長に関係なく、全員に同じ高さの踏み台を一つずつ渡すイメージです。スタートラインをそろえるという考え方ですが、背の低い子どもにとっては、それでもリンゴに手が届かない場合があります。「同じにすること」が必ずしも「うまくいくこと」につながるとは限らない点がポイントです。


次に「公平」とは、「それぞれが同じ結果を得られるように調整する」ことです。背の低い子には二段の踏み台、高い子には踏み台なしというように、一人ひとりの状況に応じて支援を変えます。その結果、全員がリンゴを採ることができる状態を目指します。これは学校現場でいう「合理的配慮」の考え方にもつながります。子ども一人ひとりの特性や状況に応じて、必要な支援を行うことで、学びや生活への参加を支える視点です。

眼鏡、特別支援教室、イヤーマフ、校内別室の利用や給食量の自主調整などもこのカテゴリです。平等や公正と、公平の違いを認識、理解できていない人は、この事象を見て「あの子だけ特別扱いでずるい」という思考に陥ることがあるので注意が必要です。


そして「公正」とは、「不便の原因となっている仕組みそのものを見直す」ことです。踏み台で調整するのではなく、最初から誰でも手が届く高さに木を整える、あるいは障害となる柵を取り除くといった発想です。これは「ユニバーサルデザイン」の視点にあたります。個別に異なる支援がなくても、誰もが自然に参加できる環境をあらかじめ整えていく考え方です。


学校生活においては、平等に同じことを提供すること以上に、個に応じた支援を公平に行うこと、そもそも困り感そのものを取り除き公正な状態とすることを意識して教育活動を工夫してまいります。


子どもたちは、公正な支援や合理的配慮に対して、「Aさんだけずるい」というように、平等でないことに不満を抱いてしまうことがあります。

学校でも機を見ながら子どもたちに繰り返し説明をいたしますが、ご家庭でも、お子さんの実態、必要に応じて助言をしてください。


この投稿が、合理的配慮、ユニバーサルデザイン、特別支援教育への適切な理解の一助になれば幸いです。


☆5枚ある添付写真の4.5枚目は、学校HPの本投稿よりご覧いただけます。