学校記事

令和8年度 7月全校朝礼講話

公開日
2026/08/01
更新日
2026/08/01

校長室から

 ほぼ3か月ぶりに学校での職務に復帰することができました。全校朝礼では部活動や校外活動などで好成績をあげ表彰される生徒が沢山いたので、講話は短縮して話しました。改めて全文をここで読んでいただければと思います。
 久しぶりなので伝えたいことがあふれてしまい、そもそも朝礼で話すには長すぎました。🙇

「主人公」にふさわしい「ことば」を

 みなさん、ほんとうにお久しぶりです。こうして元気そうな皆さんの姿をこの壇上から見ることができて、感無量です。4月13日の朝礼でお話した後でそのまま入院となりましたから、ほぼ3カ月ぶりです。1年生の皆さん覚えていますか?私が校長ですよ!でもこの間久しぶりに学校に来た時「あ、校長先生!大丈夫なんですか?」とすぐに声をかけてくれた人がいました。本当にうれしかったなあ。

 先ほど先生方にはお話ししましたが、このほぼ3カ月の間、大きな事件や事故なく、皆さんが生活してきてくれたことは本当に有り難いことだと思っています。皆さん一人一人と先生や職員さんたちが落ち着いた学校生活を作り上げてくれているからに他なりません。この3か月の間に、皆さんは学校では仲間と先生と、学校の外ではまた別の人たちと一緒に、色々な経験をし、成長してきたようですね。ここから見る皆さんの顔つきも、4月とは全然違うなと感じます。

(それぞれの「物語」)
 私もとてもとても大きな経験をしました。胸にある肺という臓器が血液に酸素を取り込み、血液の二酸化炭素を外に出すという大切な役割をしていることは理科の勉強で知っていると思いますが、その肺が「間質性肺炎」という病気で酸素がうまく取り込めなくなっていました。少しずつ進んでいく病気なんですが、私の場合思いのほか進みが早くて、もう息が苦しくて酸素ボンベの力を借りても限界、4月の朝礼の時もみんなの前で話すのはこれが最後になるのではないかと本当に感じていました。
しかし、4月の朝礼で話した同じ日に、手術のお話があり、すぐに入院となり手術を受け、今に至ります。まだ回復は十分ではありませんが、薬を飲みながらきちんと生活していけばこれから先もまだまだ生きられそうです。どんな手術を受けたのかはまた別の時にお話しようと思いますが、とにかく朝6時から始まって夕方の4時頃までかかるくらいの大きな手術でした。と言ってもずっと麻酔で眠っていまして目覚めたのは2日後でした。体中のあちこちに点滴とかモニターの針や管が刺さっていて、目覚める前に外されたものも含めると13本ぐらいつながっていたようです。
自分の人生の中でこんな大きな手術を受けることになるとは皆さんくらいの歳の時には想像すらしていませんでした。4月の朝礼で皆さんにお話をしたころは、もうすぐ自分は死ぬんだろと本気で感じていました。その中で考えたことや見えた景色は、自分がそうならなければ多分出逢わなかったことです。手術や病棟での治療で命を救ってもらいましたが、自分では何もできず「俎板(まないた)の鯉」のようにただ全てを委ねるしかありませんでした。主治医の先生だけでなく手術チームのたくさんのドクター、何人もの看護師さん、検査技師さん、栄養士さん、薬剤師さん、リハビリトレーナーさん、など、どれだけたくさんの人のお陰で自分が生かしてもらったのか。そこで対話したこと、感じたこと、学んだことは数えきれません。中学生の時の自分に会えるなら、教えてやりたいくらいの気分です。これは私の「物語」です。私の人生の「物語」の一つの大きな転換点になると思います。

さて、皆さんには皆さんの物語がありますよね。それはあなただけの物語です。どんな物語でしょうか?全ての人が他の誰でもないその人だけの物語の中で生きています。今あなたの前後左右にいる人も、たまたま今ここに一緒にいますけど、ここに来るまでの物語は一人ひとりみんな違っています。先生たちだってそうです。みんな同じように見えて、全然違うのです。外側からは見えないけれど、平凡なように見えて、壮絶な物語を生きてきた人もたくさんいるものです。

(自分が主人公になってますか?)
あなたの人生はあなたの物語なら、その主人公は誰ですか?紛れもなくあなた自身ですよね。自分が主人公。どんな主人公がいいですか?物語というのは、途中に困難や妨げがあるからこそ物語として深みのあるものになりますよね。もし今のあなたが、困難なことに直面していたり、うまくいっていないなと感じていたりしているなら、今の困難は、あなたが主人公の物語をより豊かにするためのエピソードの一つなのだと思います。
小学校の国語の時間に「大造じいさんと雁(がん)」というお話を勉強した人も多いと思います。一応簡単に振り返ると、狩人の大造じいさんが雁の群のリーダーである「残雪」によって全く雁が捕れなくなり、そこからじいさんと「残雪」の知恵比べの死闘が始まります。死闘のさなか、飛び込んできたハヤブサから仲間を守ろうとする「残雪」の姿を見た爺さんは、傷ついた「残雪」を撃つことをやめ、手当てをし、空に還します。そんなお話でした。もし大造じいさんの打つ手が最初からうまくいって「残雪」を倒せていたら、「残雪」と爺さんのあの胸が熱くなる別れのシーンはないわけで、じいさんにも「残雪」にも心の変化はなかったはずです。うまくいかないことの連続から物語が深まっていくのでした。数学の「難問」だってゲームだって、最初から簡単にクリアできたら、面白くないでしょう?そしてこうした「困難」や「難問」を切り抜けるタイミングは、人と比べなくていいのです。
 もちろん、人によっては絶対に思い出したくないような心に傷を負った恐ろしい体験の記憶のように心に深い傷を負ったなら、思い出さないに越したことはないし、周りも配慮すべきことは言うまでもありません。でももしそこまででないなら、困難や苦労は、あなたが主人公のストーリーの、重要なエピソードなのではないだろうかと考えてみたらどうでしょうか。ただ誤解してほしくないのは「いじめられている」とか「自分だけの力ではどうにも解決できない」ことについて、我慢して自力で切り抜けろと言っているのではありません。
「困難」や「難問」を切り抜けるとは、他の人の力を借りることも含みます。あくまでもあなたが主人公だったらというのが条件です。改めて考えてみてごらんなさい。あなたの人生です。主人公は誰なんですか?色々なことについて、「やらされている」なんて思っている人はもしかしたら主人公が自分じゃなくなっているかもですよ。
 聞いて面白いのは、うまくいった、成功した話よりも、失敗した話じゃないですか? こうしたら絶対うまくいくと言えない時代。たまたまうまくいったのかもしれない成功事例よりも失敗やダメージからどう立ち直ったのか、リカバリーできたのかできなかったのかという話が聞きたい。違いますか?それこそが主人公としてあなただから話せる物語になるのです。

(雑な言葉ばかりになっていないかな)
もうひとつ皆さんと考えたいのは、言葉の大切さです。人生の中では、自立しても必ずどこかで誰かのお世話になる日が来ます。その時、お世話をしてくれる人にどう接するのか、それは日頃の自分の言葉によっててきめんに違いが出てきます。私も身をもって体験したのですが、特に病院では自分の体の状態がどうなのかということをきちんと言葉にして伝えられないと、お医者さんも看護師さんも適切な対応ができません。逆に適切に対応してほしければ、きちんと伝えることができる必要があります。
 普段からめんどくさがって雑な言葉を使っていると、大事な時に雑な言葉しか出てきません。それではちゃんと伝わらないばかりか、間違った伝わり方をしてしまうかも知れません。
面倒くさいことや困難なことから逃げて、簡単に済まそうとしてはいないかな?そこのところをよく振り返ってみてほしいのです。例えばこんな言葉。ウザっ、キモっ、ヤバい、ダルい、死ね、散れ…など、使う人は便利に使ってるけど、正確に伝わらない。いろいろな受け取り方ができてしまう言葉です。先日のサッカー、ワールドカップ大会のテレビ実況中継で解説者の本田さんがある選手を「ウザい」と言って多くの共感を得ていましたが、あれは皆一緒にその様子を見ているから成り立つのです。例に挙げた言葉は、相手に与えるインパクトが大きい言葉です。丁寧なコミュニケーションを面倒くさがってこんな言葉ばかり使っていると、やがて人はあなたから離れていってしまうでしょう。

(まとめ)
今日は久しぶりに皆さんの前でお話ができるので、嬉しくなりたくさん喋ってしまいました。今日のお話の内容をもう一度おさらいすると、「あなたの人生の主人公はあなた」ということと、「丁寧な言葉で伝えよう」ということでした。これからに活かしていただけるとありがたいです。
最後に、私の好きな「さだまさし」さんの「主人公」という歌のサビの部分を聞いてもらいながら、今日のお話の締めくくりとします。
♫さだまさし「主人公」より
  https://www.uta-net.com/song/7420/
  https://www.youtube.com/watch?v=DF5Mt2s57iE