道徳授業地区公開講座「AI時代の心の豊かさとは」
- 公開日
- 2026/01/24
- 更新日
- 2026/01/24
校長室より
令和7年度道徳授業地区公開講座意見交換会『AI時代の心の豊かさとは』
保護者の皆様、地域の皆様、本日はお忙しい中、南大沢小学校の学校公開、道徳授業地区公開講座にお越しいただきありがとうございました。2時間目の授業をご参観いただきました。子ども達の様子、いかがでしたか?特別の教科道徳が教科化されて9年、私たち学校現場は、この学習は決して即効性のあるものではなく、建前だけのいかにも望ましい答えを引き出したり、生活指導の道具として使われたりするものではなく、子ども達と教師が答えのない問題を一緒に考え、「よりよい生き方」という共通項で自分、他者、社会、地球環境について悩み、考える、という時間にできるよう心を砕いてきました。2時間目、そしてこのあと4時間目にご覧いただく授業の中で、少しでもそうした様子が見られたら幸いと思っています。
さて、つい先日、1月20日に衝撃的な報道がありました。「チャットGPT、9科目満点 共通テスト解答、AI学力向上」というものです。昨年もAIが東京大学医学部の入試問題で合格点を取った、という報道があり、いわゆる知識理解という分野においては、AIは人間のはるか先を行ってしまっている、ということを痛感しましたが、今回の結果はその事実をさらに裏付ける象徴的な出来事となりました。いわゆる「チャッピー」の最新型は、9科目において「満点」を記録したのです。今後問題の難易度を高めていっても、おそらく満点を取り続けられるだろう、ということを予想させます。ああ、人間は負けたな、AIにまったく太刀打ちできないな、だったら、知識理解を詰め込むことなんかに意味がない、と投げやりになってしまうような反応もネット上に多々見られました。その一方で、この記事には注目すべき点もありました。実は「国語」の正答率は9割に留まっているのです。気になったので、問題場面を深堀りしてみました。現代国語「小説」の問題です。(大問2、問6)この問題、正解は「現状への妥協(割り切れない思い)」なのですが、AIは「過去の過ちへの反省」という選択肢を選んでいたのです。いったいなぜ間違えたのでしょうか?AIは基本的に「間違いは正すべき」「人は反省して成長するもの」という道徳的なデータを学習しています。そのため、人間特有の「悪いと分かっていても正当化してしまう弱さ」や「割り切れない気持ち」というあいまいな状況を読み取れなかったのかもしれません。こうした事象に対しても、いずれパターン認識して、「共通テストの問題ならば、正論ではないけれども、主人公の葛藤に対して「割り切れない」という回答をするべき」と学んでしまう可能性は大いにありますが…。少なくともAIの解釈は一人一人千差万別な背景や感情を「おもんばかる」よりも、一般論として「こうあるべき」を優先してしまう、という傾向があるのでしょう。これは一つの光明です。割り切れない人間的な、くしくも「人間的」と言ってしまいましたが、領域こそ私たち人間にしか扱えない、多面的、多角的な解釈が成立する部分なのでしょう。理想も、頑固さも、強さも弱さも併せ持つ、いわゆる「人間理解」の部分です。「多面的多角的」そして「人間理解」ときました。そうです、「道徳」の出番がようやくやってきたのです。極論すればAIがうまいことやってくれるから教科の学習の在り方が問われている中で、「国語」や「道徳科」にはAIが追いつけない「人ならでは」「人間らしさ」の部分が残っていたのです。
ということで、本日の意見交換のテーマは「AI時代の心の豊かさとは」とさせていただきたいと思います。これからお近くの皆さんと小グループを作っていただき、次のテーマについて気軽にお話をしてみてください。
1 子ども達の日常生活の中でAIを活用している場面はありますか?
2 子供たちの将来にAIはどんな影響があると思いますか?
3 「AI時代の心の豊かさ」について自由にお話しください。
各グループでの話し合い、ありがとうございました。AIより前の時代が良かった、と嘆いても時は進んでしまいます。前向きに、この革命的な技術を豊かな生き方につなげていきたい、というのは誰しもが思うところです。今回皆さんの思いを共有できたのはとても有意義なことでした。最後に、AI時代の道徳教育について、私の考えをお伝えします。
一つ目はAIに条件を入力して新しい教材を開発する、ということです。地域に根差した、リアリティのある教材は子ども達の心に訴えかける力をもっていると考えます。その意味で、例えば「南大沢」「小学2年生」「思いやり親切」「葛藤場面がある」「道徳の授業のための400字程度の物語」と入力すれば、たちどころに文章が出来上がってきます。当然、地元を知っていればより「これは嘘だ!」「こんな場所はない」などの「あら」が出てきます。そこを修正しながら、オリジナルの教材を作ることが可能でしょう。これについては、すでにいくつかのプロジェクトが進行しています。
二つ目は、個別最適な学びに生かす方法です。子ども達は自分の考えとAIの回答を比較しながら議論することができるかもしれません。自分の考えをAIに分析させて対話していくことも可能でしょう。特に、授業中になかなか発言ができない児童にとっては、AIとの対話が自分の考えを深めるきっかけになるかもしれません。
三つめは、AIによって生成された文章や情報、AIに頼り切って生活している状況の是非や危険性を議論する、ということです。これは、現行の道徳科の学習指導要領でも積極的に取り扱うよう示されているSNS等の利用に関する学習と同じように、これからの時代に必要な倫理観なのかもしれません。
同時に、AIの活用には課題もたくさん考えられます。
たとえば、従来から道徳科の評価は、数値や他者との比較ではなく、個人内の成長を認め励ます記述で評価する、とされているのですが、AI時代における道徳の評価は、「立派なことを書いたか(結果)」から、「協働的な学びを通じて、どのようにメタ認知を働かせたか(プロセス)」へとシフトしていく必要があります。また、教師自身がAIの特性や限界を理解し、授業で効果的に活用するためのリテラシーを身につけることも重要です。AIが生成した情報がすべて正しいわけではないことを理解させ、AIを道具として主体的に使いこなす指導が求められます。児童がAIの回答と自身の考えを比較する際には、いわゆる「ハルシネーション」(AIがもっともらしい嘘をつく現象)を避けるためにも、批判的思考を養うことが重要になります。この「批判的思考」はよく「難癖をつける」「なんでも疑ってかかる」と誤解されるのですが、「クリティカルシンキング」とも言われる「物事や情報を無批判に受け入れるのではなく、多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解すること」の意味です。正しい情報を見分けて選択できるリテラシーはますます重要になってきます。従来からの「ネットリテラシー」と合わせて、AIは膨大な情報の中から最適解と思われることを紡ぎ出しているに過ぎない、あなたの境遇に照らし合わせて考えたときとは当然異なる、フェイク情報も入っている可能性がある、という「AIリテラシー」を身につけさせる必要があります。
今日は私自身大変興味がある「AI時代の心の豊かさとは」という大きなテーマで意見交換会をさせていただきました。参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。2年後くらいには、世の中の情報、映像や画像が「ほんもの」か「そうでないか」の区別が全くつかないほどにシームレスな状態になるといわれています。現実と仮想が一体化したような世界。そんな中で自らの生き方を主体的に選択し、よりよい生き方を希求できる子ども達を育てるために、道徳教育の役割はますます大きくなっていると感じました。