3月避難訓練 校長講話
- 公開日
- 2026/03/04
- 更新日
- 2026/03/04
校長室より
皆さん、今日は令和7年度最後の避難訓練でした。これまで訓練を重ねてきたことを生かして、落ち着いて、そして真剣に、「おかしもち」の約束を意識して避難できたでしょうか。
今日の訓練は、巨大地震が起きた、という想定です。今から15年前の2011年3月11日、東日本大震災は発生しました。宮城県、岩手県、福島県などが大きな被害を受けましたが、ここ東京でも、震度5強という、多くの人が経験したことのないような大きな揺れを感じました。午後2時46分、ちょうど6時間目の授業の最中に、その地震は起こりました。机の下に避難したのち、校庭に避難しましたが、とても寒い日でした。全員の安全が確認され、揺れも収まったので建物の中に戻ったのですが、再び大きな揺れが襲ってきました。「余震」と言って、大きな地震の前後には断続的に地震が続くことがあります。子ども達は慌てて校庭に避難しました。その後も二度、三度と余震が襲ってきました。低学年の児童の一部は恐ろしさから泣いていました。教室や職員室に戻ってテレビをつけると、信じられない映像が流れていました。東北地方沿岸を巨大な津波が襲い、人も車も巨大な船もそして家々もすべて真っ黒い濁流に飲み込まれ流されてしまっていたのです。とんでもない災害が起きている、と先生たちもようやく理解しました。その後、校長先生のいた学校では、児童の保護者への引き渡しが始まりましたが、保護者と連絡がつかず、結局全ての児童が帰宅できたのは夜遅くなってから、先生たちが帰宅したのは夜中になってからでした。働いている保護者の方々も、電車は止まり、道路は渋滞し、家に帰れなくなってしまっていたのです。「スマホがあれば大丈夫!」という人もいるかもしれません。残念ながら、これまで大きな地震や災害が起こったときに、いつも通りにスマホや電話が使えたことは一度もありませんでした。みんなが一斉に電話しようとするので、通信回線がストップしてしまうのです。この大災害に関連して亡くなった方の数は、実に22332人という数に及びます。東京でも建物の屋根が崩れて下敷きになり亡くなった方がいました。先生の学校にも、千葉県に住んでいた親戚が、九十九里の海で津波に襲われなくなってしまった先生がいました。
ここ東京でも将来「首都直下型地震」、「南海トラフ地震」「富士山の噴火」などの災害が必ず起こる、と言われています。その時、あなたたち一人一人の命を守るのは、あなたたち自身です。お金より、宝石より、どんな財産より大切な命、自分と周りの人の命を守るための行動について、こうした毎月の訓練を通してしっかり考えてください。もうすぐ3月11日を迎えます。きっとテレビなどで東日本大震災の特集を放送すると思います。皆さんは経験していない災害ですが、ぜひ見て、知って、その教訓を生かしてください。