学校日記

【東日本大震災15周年記念特集①】あの日を知らない世代へ

公開日
2026/03/09
更新日
2026/03/09

今日の出来事

2011年3月11日、午後2時46分。

東北地方の三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。日本の観測史上最大の地震です。

激しい揺れのあと、東北地方の太平洋沿岸には巨大な津波が押し寄せました。高さ10メートルを超える津波が町へと流れ込み、家や車、そして人々の暮らしをのみ込みながら内陸へと進んでいきました。多くの町が壊滅的な被害を受け、尊い命が失われました。

2026年、震災から15年が経ちました。


今の中学生の多くは、震災当時まだ赤ちゃんか、あるいは生まれていない世代です。皆さんにとって東日本大震災は「歴史の出来事」のように感じるかもしれません。

しかし、この震災は決して遠い出来事ではありません。

実際にその場にいた人たちの体験には、私たちが未来の命を守るために学ぶべき大切な教訓が残されています。


今回は、その一人として、岩手県大槌町出身の山田夏未(仮名)さんの体験を紹介します。

山田さんは、震災当時13歳の中学1年生でした。

皆さんと同じ年齢です。

2011年3月11日、山田さんは学校で授業を受けていました。

突然、立っていられないほどの激しい揺れが教室を襲います。机やロッカーが大きく揺れ、生徒たちは机の下に身を隠しました。

揺れが収まったあと、「津波が来る」という知らせが入ります。

先生の指示で、生徒たちは高台へ向かって避難しました。

そして山田さんは、その高台から町を見下ろします。

遠くの海から、黒い大きな波がゆっくりと町へ近づいてきました。

それは、これまで誰も見たことのない巨大な津波でした。

波は、建物や車、電柱、すべてを押し流しながら町へと入り込んでいきました。

ついさっきまで人が歩いていた道路が、あっという間に海のようになっていきます。


山田さんは後にこう語っています。

「映画のような光景でした。でも、これは映画ではなく現実なんだと気づいたとき、本当に怖くなりました。」

中学生という年齢で、山田さんはその光景を目の前で見ました。

そして震災のあと、たくさんの悲しみと向き合うことになります。

それでも山田さんは、「同じ悲しみを繰り返してはいけない」という思いから、自分の体験を語り続けることを決意しました。

現在、山田さんは小学校の先生になっています。

子どもたちに勉強を教えるだけでなく、震災の体験を伝える授業も行っています。

その中で、山田さんは必ず伝える言葉があります。

「自分の命は、自分で守る。」

災害は、いつ、どこで起きるかわかりません。

そのとき、自分の命を守るために大切なのは、自分で考え、行動することです。


震災から15年。

町は少しずつ復興しました。しかし、震災を経験した人たちの記憶は今も消えることはありません。

その記憶を、次の世代へと伝えていくこと。

それが、未来の命を守ることにつながります。

次回の特集では、震災の中で多くの子どもたちの命が守られた「釜石の奇跡」と呼ばれる出来事について紹介します。

東日本大震災の教訓は、今を生きる私たちの未来のためにあります。

あの日を知らない世代だからこそ、その教訓を学び続けていきたいと思います。


※人物名は許諾が取れていないため、仮名とさせていただきました。