戦後80年です! 全校朝会(令和7年7月14日 講話編)PART4
- 公開日
- 2025/07/14
- 更新日
- 2025/07/14
学校行事等
令和7年7月14日(月)。
○ 戦時中に大変だったことや辛かったこと
「戦争が激しくなるまでは、友達や飼っていた犬のポチと山で遊んだり、電車を見に行ったりして過ごしていました。昭和20年8月2日に起きた八王子空襲で建物も食器なども何もかも焼けてしまい、一面焼け野原になってしまいました。ポチとも離ればなれになってしまいました。学校の授業は公園などに集まって行われたのですが、冬は寒くて仕方がなかったです。授業ではペンの代わりに釘を使用したりしました。毎日お腹がすいていて、食べられるものは何でも食べました。」
○ 戦争中の食事について
「毎食同じものを食べることが多かったのですが、好き嫌いなどは言っていられませんでした。食べ物に対してまずいなど、感じたことは一度もありません。すいとん(小麦を練った団子)かうどんが主で、白米は貴重でした。」
「学校の休み時間に野菜を採り、すいとんに混ぜて食べたこともあります。大人についていき、鳥やうさぎを捕まえて、焼いて食べたこともあります。川でふなやアユやどじょうなどを捕まえ、そのままだと生臭いので臭みがなくなるまで数日間、井戸水に入れておいたこともあります。鮮度は良くありませんが、焼いて食べたこともあります。骨や頭も乾燥させてふりかけにし、全て残さず食べました。大根の葉やさつまいもの茎や葉を油で炒めて食べました。さつまいもは粉にして、小麦粉(ふすまのようなもの)と混ぜ、餅のようにして蒸かして食べました。調味料は塩を主に使用していました。しょうゆも貴重だがよく使いました。砂糖や小麦粉は配給制であまり手に入りませんでした。」
戦後80年です! 全校朝会(令和7年7月14日 講話編)PART4