3月15日(月)16日(火)給食16日【パインパン・(チョコパン)・ポテトグラタン・きのこスープ・ミディトマト・オレンジジュース】 3月12日(金)給食3月10日(水)11日(木)サラダのドレッシングはのりを加えたのりドレッシングです。 11日【コーンピラフ・タンドリーフィッシュ・ミネストローネ・キウイフルーツ・牛乳】 タンドリーフィッシュはカレー粉、トマトピューレ、ヨーグルトで作ったちょっとスパイシーなたれと、みじん切りのたまねぎをのせて焼いたお魚です。 3月9日(火)給食ししじゅうしは「沖縄風炊き込みごはん」です。 細切り昆布と千切り豚肉が特徴的です。 3月8日(月)給食かわりきんぴらは、スパゲッティーが入っています。 3月4日(木)5日(金)給食5日【チキンエッグカレー・もずくスープ・ボイル野菜サラダ(フレンチドレッシング)・たんかん・牛乳】 カレーのルーやドレッシングは給食室の手作りです。 こんにゃく作り
3月2日(火) 畑で育てたこんにゃくいもで、こんにゃく作りに挑戦しました。青梅から来てくれた先生に教えていただきました。芋をすりつぶし、煮ながら木べらで長い時間かき混ぜました。団子のように固まり始めたときに火から下ろして、少しさました後、苛性ソーダを混ぜてかき回します。冷えるのを待って、型に入れました。包丁で切って出来上がりです。家に持ってかえたら、味噌コンニャクで食べたいなと言っていました。
二分の一成人式
3月4日(木) 4年生が、10歳を記念して二分の一成人式を行いました。まず最初に「二分の一成人証書」を校長先生からいただきました。「自分のこれまでの10年と、これから」を発表しました。生まれたときの様子や、小さなころの写真を持って、自分の成長の様子を発表しました。おうちの方も、小さなころを振り返りながら、聞いてくださいました。「世界に一つだけの花」を声を合わせて歌いました。「茶色のこびん」の合奏をしました。これには、アンコールの応えてもう一度演奏しました。
七輪の火おこし体験みんなで雑巾がけ
3月4日(木) 全校で体育館の雑巾がけをしました。これは、卒業式に向けて、体育館をきれいにしようということで行われました。みんなで絞った雑巾を使って、ゆかをきれいにします。また、周りのものの片付けもしました。よい卒業式ができるといいですね。
6年生を送る会
3月4日(木) 3時間目に6年生を送る会がありました。これは、6年生の卒業を祝福するという会ですが、たてわり班活動のまとめ、そして6年生からの引き継ぎという会でもあります。
会では、たてわり班活動のまとめをし、みんなでゲームをして6年生と楽しい思い出作り、児童会やたてわり班リーダーの引き継ぎ、6年生へのプレゼントといろいろなことをしました。そして6年生からメッセージでは、6年生からみんなに引き継いでもらいたいことなどスピーチしました。最後は、握手をしながらの退場です。とても良い会ができました。 全校読み聞かせ
3月4日(木) 朝、音楽室で全校読み聞かせがありました。これは、読書ボランティアの方々が、みなさんの力を合わせて大きな絵本を作り、それを読んでくださるというかいでした。お話は、「しあわせのひみつ」(作者不詳、絵:松岡陽子)という、今の自分のことを考え直させるようなお話でした。みんなとても真剣にお話を聞き、絵本を見ていました。途中、ピアノによる効果音もはいり、とてもよい雰囲気の中読み聞かせが行われました。終わった後、このお話にふさわしい「世界に一つだけの花」の歌をみんなで歌いました。
3月2日(火)3日(水)給食○ひなまつり献立○ 3日【ちらし寿司・焼きのり・すまし汁・にぎすの香味揚げ・ジョア(いちご)】 焼きのりはちぎってちらしにかけて食べます。 すまし汁には春らしく桜型のかまぼこ入りです。着色は合成着色料ではなく、野菜でつけており良いだしもでます。 ジョアは6年生リクエスト。 味は多数決でいちごにしました。 3月1日(月)給食真砂揚げは、鶏肉、豆腐、ちりめんじゃこ、えび、たまごを混ぜた生地にしょうゆベースの味をつけて揚げたものです。揚げたてのがんもどきに似ています。 ※2月26日(金)の給食の写真を撮り忘れてしまいました。 申し訳ありません。<(_ _)> 竹炭がたくさんできました
2月26日 いよいよ、昨日から行っている炭焼きのかまを開けました。まずは、土を掘り起こしてていきます。無事に炭になっているかドキドキでしたが、たくさんの竹炭ができていました。結構長い炭もあり、森林センターの人たちも感心していました。炭は、たたくと、カーンカーンと金属的な音がしました。森林センターの方々どうもありがとうございました。
竹炭、花炭づくり その1学校の裏山で竹炭、花炭づくりをしました。 平和の日事前学習
2月23日(火) 5時間目に平和の日の事前学習として、東京大空襲で被害を受けた二瓶さんのお話を聞きました。二瓶さんは東京大空襲の時に江東区に5人家族で住んでいて、その時は小学校2年生だったそうです。以下二瓶さんのお話の抜粋です。
3月9日の夜10時頃の警戒警報のサイレンがなりました。最初お父さんは「大丈夫そうだ。寝ていていい。」と言っていましたが、しばらくして「今日はいつもと違う。起きろ!」と言われ、防空頭巾をかぶり、リュックを背負って外に出ました。後ろを見ると、砂町や深川の空が火の空のようでした。そして火の筒のようなものが雨のように降り注いでいました。 最初、防空壕に入りましたが、お父さんの「みんな出ろ、蒸し焼きになるぞ!」の声に外に出て、火の風が暴風となってふき、火の粉がぼんぼん飛んでくる中を逃げました。走っている人は火の粉を浴び、燃えながら走っているのです。背中の赤ちゃんが燃えていて、狂ったように走っていくお母さんもいました。持ち場は決して離れてはいけないと言われていた消防夫さんは、わずかな水しかでないホースを持ったまま燃えて倒れていきました。荷物を背負った馬は、荷物に火が燃え移り、馬にも燃え移り、生きたまま燃えていきました。 お母さんは「もうだめだから、この火の中でみんな死んじゃおう」と言いましたが、お父さんは「みんなどこまでも生きるんだ」と言います。その時、二瓶さんの防空頭巾に火がつきます。 生々しい体験談を、子供たちは真剣に聞いていました。お話の後、「おりづる」の歌を歌いました。 伊藤多喜雄氏コンサート(その4)一緒に給食
コンサートも終わり、給食の時間になりました。給食は、来てくださった方々と子供たちが、一緒に食べることになっていました。子供たちは、給食の準備ができると、体育館に呼びに行きました。そして、一緒に給食を食べながら話をしたりしながら、楽しい時をすごしました。
伊藤多喜雄氏コンサート(その3)名残を惜しむ
多喜雄さんのコンサートが終わると、代表の人がお礼の言葉を言い、花束を渡しました。その後、みんなで一緒に写真を撮らせてもらいました。一通り終わっても、子供たちは名残惜しかったのか、メンバーの人たちに群がり、話をしたり、楽器を見せてもらったりしていました。
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